熊を待つ
1982年12月、暮れも押し迫った頃、丹沢山中にある「国民宿舎 丹沢ホ−ム」
の中村さんから電話が入った。
「大将(私のあだ名)、熊が出たぞ、ここ何日か池の小屋に入って寝ているみ
たいだぜ、見に来るか」中村さんの話によると、夜、養鱒場の小屋に置いて
ある魚油を舐めに来て小屋で眠り、明け方、山に帰っていく。小屋の裏の板
壁が壊されているのを見て、初めて熊が小屋で寝泊りしているのを知ったと
の事。
この年の夏は例年になく台風と雨の多い年で、気温も上がらず涼しい夏だっ
た。 丹沢でも樹齢数百年の大きなケヤキが8月末に茶色く枯れてしまい、
9月にまた新芽が出たりした。秋には紅葉せずに落葉する木があったり、実
がならない少ないなど異常気象の年だった。
早速、その週末、新婚間もない妻と2人で中村さんに会いに行った。
通称「池の小屋」は丹沢ホ−ムが経営する養鱒場で、丹沢ホ−ムから歩いて
15分ほどの片隅にある。
中村さんに言われたとおり、池の小屋から7〜8メ−トル離れた小さな物置小
屋で熊が現れるのを待つ。 物置小屋といっても3人座ればいっぱいになる。
ガラスのない大きな窓が2箇所にあり、池の小屋が良く見える。扉は簡単に
壊れそうだ。
熊の写真を撮る為、小屋の横にストロボを3灯セット、レンズは300mmでは
アッブになるので35〜135mmのズ−ムを使用する事にした。
羽毛服を着込んだ私達は、息をこらして熊が現れるのを待った。
2人しかいない山の中、何か起きて丹沢ホ−ムへ戻るとしても、真っ暗な林
道を走らなくてはならない。心細い気持ちになった。
冬の陽の落ちるのは早い、すぐに薄暗くなり裸電球の外灯がぱっと点いた。
川の音しか聞こえてこない。遠くでタヌキの争う声がする。
20分、30分・・・・・・。小屋の横にタヌキが現れた。
冬毛の丸々太ったタヌキ。ゴミ捨て場のマスの内臓や死んだマスを食べに
きたのだ。
1頭、2頭・・・・・。4頭のタヌキは残飯をめぐりにぎやかに争っていた。
が、突然あたりをキョロキョロ見回し始めたかと思うと、足早にケモノ道
を通って山の中に帰っていった。
また、静寂が戻る。
いよいよ熊が現れるのか。
私達は緊張した。